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Supremeと深い関わりを持つ日本人10人|デザイナー・写真家・スケーター

SUPREME ARCHIVE 編集 · 更新 2026-07-17

Supremeと日本の関係は、海外ブランドと一つの市場という言葉だけでは説明しにくい。

2009年の『Interview Magazine』は、当時のSupremeをニューヨークとロサンゼルスで支持され、日本では巨大な存在になったブランドと紹介した。2026年現在も、東京に3店舗、名古屋、大阪、福岡に各1店舗がある。

商品面でも、日本人デザイナーとの協業は一度きりの話題作にとどまらない。Comme des Garçons SHIRT、UNDERCOVER、WTAPS、Yohji Yamamotoとは、年を隔てて複数のコレクションを作ってきた。

一方、Supremeの服を着たことがある著名人や、一度だけTシャツに作品が使われた作家までを「深い関係」と呼ぶと、人物ごとの距離が見えなくなる。

この記事では、次のいずれかを満たす日本人を中心に選んだ。

まず分かる10人の関係

人物主な分野Supremeとの直接的な接点関係の性質
藤原ヒロシデザイナー、音楽Supreme / GOODENOUGH、2025年直接協業は1回、文化的な接点が深い
川久保玲ファッションComme des Garçons SHIRTとの複数回の協業長期の継続協業
高橋盾ファッションUNDERCOVERとの複数回の協業長期の継続協業
西山徹ファッションWTAPSとの2007年、2009年、2021年の協業長期の継続協業
滝沢伸介ファッションNEIGHBORHOODとの2006年の協業初期の重要協業
山本耀司ファッション2020年、2022年、2025年の協業継続協業
北村信彦ファッションHYSTERIC GLAMOURとの2017年、2024年の協業継続協業
小浪次郎写真Supremeの撮影、ルックブック制作現場への継続参加
大友克洋漫画、映像AKIRAコレクション、2017年1回だが規模の大きい協業
堀米雄斗スケートボードSupreme / Nike SB映像、2023年映像出演。正式チーム在籍は未確認

この表は順位ではない。同じ「関係がある」でも、ブランド同士で何度も服を作った人物と、一つの映像に出演した人物では関係の形が違う。

1. 藤原ヒロシ|GOODENOUGHを通じて正式協業した日本ストリートの先駆者

Supremeは2025年、GOODENOUGHとのコレクションを発売した。Supreme公式の説明では、GOODENOUGHは藤原ヒロシが1990年に設立した日本のブランドとされている。

藤原は、音楽、スケート、ファッションを分けずに扱った日本のストリート文化を語るとき、避けて通れない人物である。Supreme側も公式文で、彼を日本のストリートウェアにおける影響力の大きな人物と位置づけた。

この協業には、高橋盾やNIGOがGOODENOUGHの初期に関わった歴史まで記されている。一つのブランドとの商品企画であると同時に、1990年代の日本で育った人脈と文化への参照になっている。

ただし、Supremeと藤原の正式な共同コレクションとして公式に確認しやすいのは2025年の仕事である。藤原がSupremeの日本進出を決めた、店舗を運営した、経営に参加したという事実までは、公開資料から確認できない。

2. 川久保玲|Supremeをハイファッションの文脈へ接続した存在

SupremeとComme des Garçons SHIRTの最初の公式コレクションは2012年に発表された。その後も2013年、2014年、2015年、2017年、2018年に公式コレクションがあり(協業が途切れたのは2016年のみ)、Vans、Timberland、Nike Air Force 1を交えた企画も作られた。

これは、日本人デザイナーとの一時的な客演ではない。スケートショップを出発点とするSupremeと、既存の服の形や価値観を崩してきたComme des Garçonsが、複数年にわたって互いの記号を組み替えた関係だった。

2014年のコレクションでは、ニューヨークのスケーターHarold Hunterの写真が使われた。高級服の権威を借りるだけではなく、Supreme側の歴史をComme des Garçons SHIRTの服へ戻した点が、この協業らしい。

注意したいのは、公式表記が基本的に「Comme des Garçons SHIRTとの協業」であることだ。川久保がすべてのアイテムを自らデザインしたと確認できる資料はなく、個人名とブランドの制作体制を同一視すべきではない。

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3. 高橋盾|UNDERCOVERとSupremeを4期にわたり結んだデザイナー

高橋盾は、文化服装学院在学中の1990年にUNDERCOVERを始めた。Supremeとの公式コラボレーションは、2015年、2016年、2018年、2023年に確認できる。

初回の2015年は、レザージャケット、トレンチコート、フランネルシャツ、フーディー、パンツ、Tシャツまでを含む大きな構成だった。ロゴを交換した数型だけでなく、両ブランドの服作りを一つのシーズンに展開している。

2018年にはPublic Enemyを加えた三者協業を行った。UNDERCOVERが持つパンクの感覚、Supremeのニューヨーク性、Public Enemyの政治的なヒップホップが同じ服の上で重なった。

2023年の再協業まで含めると、最初と最新の公式コレクションの間は8年ある。高橋は、Supremeと継続して仕事をした日本人デザイナーの代表格である。

4. 西山徹|14年を隔てて3度組んだWTAPSの設立者

西山徹とSupremeの関係は、期間の長さが際立つ。

WTAPSとの最初の本格的なコレクションは2007年だった。M-65ジャケット、カーゴパンツ、ミリタリージャケットなど、WTAPSの中心にある軍用服の語彙を前面に出している。

2009年にはリバーシブルのバーシティジャケット、Tシャツ、ピローを発売した。さらに2021年、両者はジャケット、ベスト、ジャージー、フーディー、パンツ、Tシャツなどを含むコレクションで再び組んだ。

2007年から2021年まで14年ある。流行の勢いだけで再会したのではなく、互いのブランドが残ったうえで、異なる時代に三度成立した協業と読める。

西山はスケートボードから影響を受け、軍用服を都市のユニフォームとして再編集してきた。ワークウェアや軍用服をスケーターの日常着へ変えるSupremeの感覚と、自然に接続した。

5. 滝沢伸介|2006年に実現したNEIGHBORHOODとの早い接点

Supremeは2006年、NEIGHBORHOODとの共同コレクションを発表した。公式サイトは、滝沢伸介が1994年に原宿でNEIGHBORHOODを始めたと紹介している。

2006年は、Supremeが2010年代にファッションブランドとの大型協業を連発するより前である。その時点で、東京のストリートブランドとジャケット、デニム、Tシャツなどを共同制作していた。

滝沢とSupremeの直接協業は、川久保、高橋、西山ほど回数が多くない。深さの根拠は反復ではなく、日本のストリートブランドを早い時期に正式な相手として選んだことにある。

6. 山本耀司|2020年代に3度組んだ日本ファッションの巨匠

Supremeは2020年、Yohji Yamamotoとの最初の公式コレクションを発表した。レザーワークジャケット、ダウン、パーカ、ウールスーツなど、Tシャツだけに頼らない構成だった。

2022年にはVanson Leathersやゲーム『鉄拳』を交えたコレクションを制作した。2025年にはY's by Yohji Yamamotoと組み、レザージャケット、フェイクファー、スーツ、シャツなどへ関係を広げている。

山本の黒、テーラリング、身体と服の間に余白を作る考え方は、Supremeの通常ラインと同じではない。違うからこそ、ロゴの足し算ではなく、スケートウェアの輪郭をどこまで広げられるかという実験になった。

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7. 北村信彦|HYSTERIC GLAMOURの反抗的な図像を持ち込んだ

HYSTERIC GLAMOURは、北村信彦が1984年に設立したブランドである。Supremeは2017年と2024年に公式コレクションを発表した。

2017年の企画では、フェイクファーのコート、N-3Bパーカ、ワークシャツ、寝具、マグなどに、HYSTERIC GLAMOURの挑発的な言葉とポップな図像が使われた。2024年にはVanson Leathersのジャケット、スポーツウェア、バッグ、ベルトなどへ展開している。

北村が長く扱ってきたロック、広告、アメリカ文化への歪んだ憧れは、Supremeのグラフィックと相性がよい。7年を隔てた再協業は、両者の共通点が一時の流行ではなかったことを示す。

8. 小浪次郎|商品ではなく、Supremeの見え方を作る写真家

小浪次郎は、東京生まれでニューヨークを拠点に活動する写真家である。コラボ商品の表に名前が出るデザイナーとは違い、写真を通じてSupremeに関わってきた。

2016年のHypebeastによるインタビューは、すでに小浪がSupremeの撮影を行っていたことを伝えている。業界データベースModels.comでは、2024年春夏のSupremeルックブックで撮影者としてクレジットされ、ほかの複数シーズンの仕事も掲載されている。

Supremeは、服だけでなく、誰をどこでどう撮るかによってブランドの像を作る。小浪の関係は、名前を並べたコラボレーションより見えにくいが、ブランドの制作現場に近い。

公開されたクレジットは媒体によって差があり、Supremeで担当した撮影の正確な総数は確認できない。それでも、2016年から2024年以降まで仕事を追える点で、単発のゲスト写真家とは分けて考えられる。

9. 大友克洋|『AKIRA』の原画を大規模な服へ展開した

2017年、Supremeは大友克洋と『AKIRA』のアートワークを使った公式コレクションを発表した。

フィッシュテールパーカ、ワークジャケット、サッカートップ、カバーオール、フーディー、Tシャツ、キャップ、デッキ、皿までを含む規模だった。作品名を借りた一枚のTシャツではなく、『AKIRA』の場面と人物を複数の服や物へ移している。

大友とSupremeの公式コレクションは継続型ではない。それでも、日本の漫画とアニメが世界のストリート文化へ与えた影響を、Supremeの販売網と商品構成で可視化した一度として意味が大きい。このコレクションの全アイテムと現在の相場はAKIRA × Supremeの解説記事にまとめている。

10. 堀米雄斗|Supremeの映像に主演した日本人スケーター

2023年、堀米雄斗はSupremeとNike SBによる映像『she loves me, she loves me not.』で中心的に扱われた。映像はパリで撮影され、William StrobeckとAugustin Giovannoniがカメラを担当した。

堀米のほか、Troy Gipson、Caleb Barnett、Vincent Touzery、Mustapha Salemが出演している。SupremeとNike SBによるDunkの発売に結びついた映像であり、堀米は競技成績を紹介する広告モデルではなく、街で滑るスケーターとして撮られた。

ただし、映像出演とSupremeの正式なスケートチーム在籍は同じではない。Supremeは公開されたチーム名簿を常設しておらず、確認できる一次資料だけでは、堀米を「Supreme公式チームライダー」と断定できない。

本稿では、Supremeの映像で主役を務めた日本人スケーターと位置づける。スポンサー契約や現在のチーム所属を断定する場合は、本人またはブランドの明示的な発表が必要である。

1回の協業でも記憶すべき日本人

10人に絞ると、Supremeと正式に仕事をした日本人をすべては収められない。次の人物も、ブランドの表現を広げた重要な協業者である。

村上隆

2020年、村上隆はCOVID-19支援のBox Logo Teeへオリジナルアートを提供した。Supremeは売上の全額を住宅・ホームレス支援団体HELP USAへ寄付すると発表し、HELP USAの発表を伝えたArtsyによると、売上は105万2,040ドルに達した。

荒木経惟

2016年の「Araki for Supreme」では、荒木経惟の写真を使ったフーディー、半袖・長袖Tシャツ、写真を用いたZINE(写真冊子)が作られた。

森山大道

2022年のSummer Teesには、森山大道の作品を使った「Dog Tee」と「Tights Tee」が含まれた。荒木の企画より商品数は少なく、Supreme公式の分類も単独コレクションではなくSummer Teesの一部である。

渡辺淳弥

Supremeは2021年、JUNYA WATANABE COMME des GARÇONS MANとのコレクションを発表した。Comme des GarçonsとSupremeの長い接点を、川久保玲とは別のデザイナーのラインへ広げた仕事である。

NIGOはSupremeと深い関係にあるのか

NIGOは日本のストリートウェア史を代表する人物であり、Supremeと並べて語られることが多い。2025年のSupreme / GOODENOUGH公式文にも、若い時期にGOODENOUGHで働いた人物として名前が出てくる。

SupremeとNIGOが設立したA BATHING APEは、2002年に公式コラボレーションを行っている。定番のBox Logo Teeに迷彩パターンと小さな猿のグラフィックを配した「Camo Box Logo Tee」で、全15カラーが展開された。現在でも最も知られ、高額で取引されるSupreme Box Logoの一つに数えられる。

ただし、この協業は一度きりで、その後20年以上再演されていない。NIGOはのちにBAPEの株式を売却して同ブランドを離れ、Human Madeの設立やKENZOでの仕事など、活動の軸を移している。これらNIGOの現在のブランドとSupremeとの公式コラボレーションは確認できない。

NIGOは「Supremeと2002年に一度、大きな協業をした人物」であり、「Supremeと同時代の日本ストリートを作った重要人物」でもある。しかし、川久保玲、高橋盾、西山徹のように、複数年にわたって継続的にSupremeと仕事をしてきた人物とは、関係の形が異なる。

Supremeと日本人の関係は、服だけではない

Supremeと日本人の関係には、少なくとも三つの層がある。

川久保玲、高橋盾、西山徹、山本耀司、北村信彦は、ブランドを通じて複数年の服作りに関わった。藤原ヒロシ、滝沢伸介、大友克洋は、回数は少なくても、日本のストリートや創作文化をSupremeの歴史へ接続した。小浪次郎と堀米雄斗は、写真とスケート映像という、商品以外の場所でブランドの見え方を作った。

この違いを残したほうが、誰が最も有名かを競う名簿より、Supremeが日本から何を受け取り、どう世界へ見せたかが分かる。

出典

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